レトロトランスポゾン:指の欠損を引き起こすそのメカニズムとは?

Uncategorized

今日はドイツのマックスプランク研究所からNature geneticsに出版された、内在性レトロウイルスと指の欠損に関する論文を紹介したいと思います。責任著者のステファン・ムントロース博士は、、ドイツの著名な遺伝学者で、先天性の骨格異常や遺伝子調節機構の研究で国際的に高く評価されています。

1940年代に転移因子(トランスポゾン)というゲノム上でコードされる領域が移動する因子があるということがトウモロコシの研究から指摘されていました。これが後年になって分子生物学的に証明され、哺乳類のゲノムでも重要であることが分かったことから1983年にノーベル賞を受賞しています。

今回はトランスポゾンの一種である内在性レトロウイルスが、発生段階でエンハンサー特異的に活性化して四肢の形成に影響するという面白い研究になっているので、ぜひ読んでみてください。

Nature Genetics, 2025: Enhancer adoption by an LTR retrotransposon generates viral-like particles, causing developmental limb phenotypes

Enhancer adoption by an LTR retrotransposon generates viral-like particles, causing developmental limb phenotypes - Nature Genetics
Activation of an LTR retrotransposon inserted upstream of the Fgf8 gene produces viral-like particles in the mouse developing limb, triggering apoptosis and cau...


🧬背景:レトロトランスポゾンはただの「ゲノムのゴミ」ではない

私たちのゲノムの半分近くは、転移因子(Transposable Elements, TEs)の配列になっています。とりわけ、LTR型レトロトランスポゾン(内在性レトロウイルスに由来)は、過去のレトロウイルス感染の名残とされ、多くはDNAメチル化によってサイレンシングされています。

このような配列はゲノムの意味のない配列と考えられてきましたが、着床前胚、がん、神経変性疾患、老化組織ではこれらが再活性化されることがあり、発生過程や病態形成に影響する可能性が注目されています。

この配列の中にはウイルスの形成に必要なGagやPolなどのタンパク質がコードされており、この領域が活性するとウイルス様の構造が形成されます。Envという実際にウイルスになるために必要な領域がかけてることが多いので、感染力はないことが多いです。

本研究では、マウスのdactylaplasia(指の形成異常)という自然突然変異に注目し、その原因がトランスポゾンによるエンハンサー取り込みであることを明らかにしました。


🐭自然変異Dac1Jマウス:Fgf8の近くにLTRが挿入されていた

研究対象となったのは、「Dac1J」と呼ばれる突然変異マウスです。このマウスは前足・後足の中央の指が欠損しており、表現型はホモ接合体で完全ヘテロ接合体で部分的に欠損します(Figure 1b and 1c)。

ゲノム解析の結果、Fgf8遺伝子の上流にMusDファミリーのLTR型レトロトランスポゾン(7.4 kb)が挿入されていることが判明しました(Figure 1a)。この配列はgag, pro, polを持ち、envは欠失している内在性ウイルス様配列でした。

面白いことに、C57BL/6系統という実験でよく使われるマウスについても同様の遺伝子挿入があるのですが、こちらでは指欠損が起こらないです(Figure 1d)。これはLTR領域のメチル化レベルが高く、転写が抑制されているためでした。


🧠Fgf8エンハンサーがMusD型レトロウイルスを“誤作動”させる

Fgf8は、AER(外胚葉性頂提: apical ectodermal ridge)という、発生中の四肢芽の最先端(頂端)に位置する外胚葉性の細胞層で発現しています。

シングルセルRNA-seqの解析では、MusDがAERにおいてFgf8とよく共発現していることが判明しました(Figure 2)。さらに、Hi-Cや4C-seqを用いたゲノム構造解析により、MusD挿入部位がFgf8エンハンサーと異所性ループを形成していることが示されました(Figure 3)。

つまり、MusDはFgf8のエンハンサー制御下に入り、Fgf8と一緒に発現するようになったのです。

Figure3はHi-Cを知らないと理解が難しいFigureなので、もう少し解説します。Hi-Cではゲノム上の距離が近い点が濃くしめされており、野生型では二つのTADs (Lbx1とFgf8)(Topologically associating domains)によって仕切られています(Figure 3a)。これがDac1jではMusDの挿入に一致した、緑の円で囲われるところに新しい濃い点が出現しており、異所性のループが形成されていることが分かります(3c and 3d)。この新しいループ形成は3bにあるようなLTR配列内のCTCF binding motifに依存しており、この配列のノックインによっても異所性のループを再現できます(3g)。このような異所性のループ形成がFgf8のエンハンサーをハイジャックするのに寄与していると推察しています。

TADsやHi-Cについては国立遺伝学研究所 東 光一 氏による解説動画が分かりやすいです。特に29分55秒からの話は今回の話と近いので、興味のある方は是非見てみてください。


🦠ウイルス様粒子(VLP)がAER細胞を殺す

MusD配列にはgagが存在するため、転写→翻訳によってGagタンパク質が産生され、細胞内でウイルス様粒子(VLP)が形成されます(Figure 4aの緑箇所)。

これによりAER細胞のDNA損傷とアポトーシスが引き起こされることが分かりました。
実際に電子顕微鏡でVLPが観察され、γH2AXやcleaved Caspase-3染色により細胞死が確認されました。

E11.5にはAER細胞の大部分が消失しており、それが指の欠損(autopod形成の阻害)につながっていたのです。


🧪CRISPR変異で検証:表現型はGagに依存していた

次にこのウイルスタンパクのうちで、どのタンパクが特に悪さをしているかを調べる目的で、MusDに以下のような変異を入れたノックインマウスを作成し、表現型を比較しました。(これだけのMutantマウスを作れるのはさすが海外の一流ラボですね。)

その結果下記のような結果になり

変異結果
gag欠損完全レスキュー
pol欠損(逆転写酵素)部分レスキュー
PBS欠損(tRNAプライマー)部分レスキュー

Gagカプシドの存在が細胞死の主因であると結論されました。


🧭 MusDの“エンハンサー取り込み”はFgf8以外でも起こる

MusDの5’LTRにレポーター遺伝子をつなぎ、別のTAD(Lbx1, Shh, Sox9など)に挿入したところ、それぞれの遺伝子に一致した発現パターンを示しました(Figure 5)。

つまり、このLTR配列はその挿入先TAD内のエンハンサー情報を読み取り、転写活性化されうるということを意味します。


🧩まとめ:LTR型レトロトランスポゾン(MusD-Dac1J)が周囲のエンハンサー制御を「取り込み」、AER細胞で異常発現し四肢形成異常を引き起こす

この研究の意義は以下の通りです:

  • LTRレトロトランスポゾンの一部は周囲のエンハンサーを利用して発現できる
  • 発現したGagタンパク質が細胞死を誘導
  • 指の発生段階の頂端部の細胞が死ぬことで発生異常(指の欠損)が生じる

とても面白い研究で個人的にはNature本誌でもいいぐらいと思ったのですが、下記のようなLimitationがあるのがキズなのかなと思います。

この研究のLimitationと気になる点

VLPの毒性メカニズムが完全には解明されていない:なぜDNA損傷がおきるのか、Gag単独の発現では表現型がでないのはなぜかなど、メカニズムが不明瞭

エンハンサー取り込みの一般性の証明が限定的:検証された標的のTADsは3種類のみ、LTRの中のCTCFがあれば同様の現象が起きるのか、それともこのエンドレトロ特異的なのか

ヒトで同様の現象があるのか調べられていない

あと個人的に気になったのが、Figure3CでこのMusDがどちらかというとLbx1側と距離が近くなっているのに、Fgf8のエンハンサーの影響をより強く受けるようになるのも、よくわかりませんでした。Ex Fig.5bで隔離構造が強くなっているようなデータもありますが、そもそもFgf8のTADs内にあるのにこれでエンハンサーの影響をより強く受けるようになることをサポートしているのでしょうか。もし詳しい方がいたら教えてください。

全体的にとても面白い論文で、腫瘍だけでなくエンドレトロでもこのようなエンハンサー取り込みがあると知れて勉強になりました。

コメント

タイトルとURLをコピーしました