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癌では2つの異なる遺伝子が結合して新しい遺伝子が形成され、このような異常なたんぱく質によって癌細胞の増殖が促進することがあります。
このような融合遺伝子は染色体の転座によっておこるもので、例としてはBCR(染色体22) + ABL1(染色体9)の融合遺伝子であるBCR-ABL1は慢性骨髄性白血病の原因となり、他にも急性骨髄性白血病の原因になるPML-RARAや、腎細胞がんの原因になるTFE3の融合遺伝子が知られています。
この論文では腎細胞がんのTFE3の融合タンパクに着目して、これらの融合相手になる遺伝子配列によって核内での相分離が促進され、凝集体にRNAポリメラーゼが隔離されることで融合タンパクの転写活性が亢進するというメカニズムを明らかにしています。
6月10日にCellに掲載された論文でタイトルは「RNA polymerase II partitioning is a shared feature of diverse oncofusion condensates」。残念ながらオープンアクセスではありません。
凝縮体(condensate)とPol IIの分配
細胞の中では、膜で仕切られていない「液滴」のような構造が相分離という仕組みで形成され、この液滴が様々な分子の集合場所として働いています。最近の研究では、この凝縮体が転写(DNAからRNAを作る過程)において重要な役割を担っていることが分かってきました。
本研究では、腎臓のがん(translocation renal cell carcinoma, tRCC)でよく見られる3つの融合遺伝子:
- PRCC-TFE3
- ASPL-TFE3
- SFPQ-TFE3
に注目し、それらが作る融合タンパクが共通してPol IIを凝縮体の中に引き込む性質を持っていることを明らかにしました。
Figure 1-2:融合タンパクは凝縮体を作り、転写を活性化する
免疫染色などを使ってがん細胞を調べると、上記の融合タンパクは細胞核内で強く凝縮し、小さな点状の構造を形成していることが分かりました(Figure 1)。また、これらの融合タンパクを細胞内で人工的に発現させる実験やin vitroの実験でも、野生型TFE3よりも効率よく凝縮体を形成する様子が観察されました。
さらに、レポーター遺伝子を使った実験ではこれらの融合タンパクが転写活性を大きく高めることが判明し、さらにこの融合タンパクが細胞の増殖や浸潤にも重要であることが明らかになりました(Figure 2)。
Figure 3-4:Pol IIのCTDが凝集体への取り込みや転写活性化に重要
ここで凝集体内部で何が起きてるのか調べる目的で、Nuclear extractを遠心によって凝集体とそれ以外のSupに分離し、沈殿した凝集体について質量分析を行って、どのようなタンパクが含まれるのか調べています。(Figure.3B)
その結果RPB1とRPB2というPOL2の構成要素が含まれることが分かり、実際にPOL2の構成成分がこの凝集体と共局在していることが分かりました。(Figure. 3E)
次にPol IIのC末端のドメインがこの凝集体への取り込みに重要であること、またその中でもドメインに含まれるチロシン(Y)が重要あることを変異体を用いた実験で示しています(Figure4)。
Figure 5-7:がん融合タンパクではリシンとフェニルアラニンが重要
融合タンパクが相分離を促進するメカニズムをさらに調べるために、今度は融合タンパクに含まれるアミノ酸の割合を調べました。
その結果融合タンパク質では芳香族アミノ酸(フェニルアラニンF)や塩基性アミノ酸(リシンK)が多く含まれていることはわかりました(Figure 4A)。これらのアミノ酸はPOL2のCTDに多いチロシンと「π-π相互作用」や「カチオン-π相互作用」することから、これらの相互作用が相分離を引き起こしていると仮説をたてました。
実際に変異体をも用いて、これらの配列の相互作用が転写の増幅に重要であることをFISHなどで示しています。また反対に正常なタンパクに含まれる疎水性アミノ酸(A, I, V, L)が凝集体形成に対して抑制的に働いていることも明らかにしています。
面白いことに、この「F, Y, Kの増加、疎水性アミノ酸の減少」というアミノ酸の組成パターンは、他の多くのがん融合タンパクにも共通していました(Figure 6)。
さらに、野生型のタンパクにこのアミノ酸パターンを人工的に導入すると、Pol IIを取り込む能力や転写活性が増し、がん細胞のような増殖・浸潤能力まで獲得することが示されました(Figure 7)。
まとめ:がん融合タンパクの「凝縮体設計ルール」
この研究は、がん融合タンパクがPol IIを直接的に凝集体に引き込むことで、異常な転写活性を引き起こし、がん化に寄与しているという新しいメカニズムを明らかにしました。
ポイントは以下の通りです:
- がん融合タンパクは共通して凝縮体を形成し、Pol IIを選択的に分配する
- これは特定のアミノ酸配列(F, Y, Kの増加)が原因
- 同様の特徴を持つ他の融合タンパクも同じ性質を持つ
- このアミノ酸構成を野生型タンパクに導入するとがん様の表現型が得られる
今後、がん融合タンパクの機能を阻害する新たな治療法の開発に向けて、「凝縮体による分配の制御」という視点が重要になるかもしれません。
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