雄だけに必須なmiRNA?鳥類の性染色体の謎に挑む新研究

Uncategorized

私たちの体は、数万個の遺伝子によって精緻に制御されています。しかし、それらをコントロールするのは、必ずしもタンパク質をコードされた遺伝子だけではありません。

miRNA(マイクロRNA)と呼ばれる、わずか20塩基ほどの小さなノンコーディングRNAが、他の遺伝子の発現を調節する重要な役割を果たしています。このmiRNAの生物学的意義は、2000年代以降の研究で急速に明らかになり、2024年にはmiRNAを発見・機能解析した研究がノーベル生理学・医学賞を受賞しました。

そんなmiRNAが、「性染色体の補償メカニズム」としてニワトリなどの鳥類で雄の性染色体の遺伝子発現調節に必須な役割を持っていることが、このたびのNature誌論文(Fallahshahroudi et al., 2025)で明らかになりました。「A male-essential miRNA is key for avian sex chromosome dosage compensation」というタイトルで、オープンアクセスなのでどなたでもアクセスできます。

A male-essential miRNA is key for avian sex chromosome dosage compensation - Nature
Birds have evolved a unique sex chromosome dosage compensation mechanism involving the male-biased microRNA (miR-2954), which is essential for male survival by ...

Z染色体が2本ある雄では、発現が過剰になる?

哺乳類では性差を決定する染色体としてXとYがあり、男性ではXY、女性ではXXの組み合わせになっていますね。鳥類の性染色体はZ染色体とW染色体の二種類があり、哺乳類と逆の構成をしていて、

  • 雄:ZZ(同じ染色体)
  • 雌:ZW(違う染色体の組み合わせ)

という組み合わせになっています。ところが、このW染色体は進化の過程で多くの遺伝子を失っており、雌ではZ染色体の遺伝子が1コピーしかない状態になっています。そうすると当然、遺伝子の発現量が雄と雌でバランスが取れなくなる可能性が出てきます。

このようなズレを補う「遺伝子量補償(dosage compensation)」の仕組みは、哺乳類では女性でXISTというnon coding RNAがX染色体を不活性化することで調整されていますが、鳥類ではどうなっているのでしょうか?


miR-2954というmiRNAが雄だけに必須だった

研究チームは、Z染色体上に存在し、雄でのみ高く発現するmiRNA「miR-2954」に着目しました。miR-2954は、Z染色体上の重要な遺伝子(特に発生やシグナル伝達に関わるもの)をターゲットにして、そのmRNAを分解して抑制する機能を持っていることが予測されていました。

このmiRNAをCRISPR-Cas9でノックアウトしたところ、驚くべきことに、雄の胚だけが早期に致死となる現象が観察されました(Figure 1B-D)。雌ではこのmiRNAがもともとほとんど発現していないため、ノックアウトしても影響は出ません。

RNA-seqとRibo-seq解析の結果、miR-2954を失った雄胚では、Z染色体上の「遺伝子量に敏感な遺伝子(dosage-sensitive genes)」が過剰に発現し(Figure 2)、Ribosomeによる翻訳も亢進する(Ex Fig.5a)ことが判明。これらの遺伝子は、本来であればmiR-2954によって抑制されることで、雄での過剰発現が防がれていたのです。

またこれらの遺伝子はZ染色体上の「dosage-sensitive(量に敏感な)」遺伝子群=特にohnologueや triplosensitive geneを抑制していることが重要な発見でした。ohnologue(おおのlogue)は日本が誇る遺伝学者の大野先生が提唱した全ゲノム重複によって増えた遺伝子群のことですね。この辺もいつか解説をやりたいです。


MHM領域:もうひとつの調節メカニズム

実は鳥類では、Z染色体上に「MHM領域(Male HyperMethylated region)」と呼ばれる特殊な調節領域が存在します。この領域は、

  • 雌では脱メチル化 → 転写活性が高い
  • 雄ではメチル化 → 転写が抑制される

という性差を持つことで知られ、一部のZ遺伝子を雌でのみ補償的に活性化する局所的メカニズムと考えられてきました。

今回の研究で注目されたmiR-2954は、このMHMとは異なる領域に存在し、より広範なZ遺伝子群に作用していることが示されました。つまり、MHMは雌での部分的な活性化、miR-2954は雄での全体的な抑制という、異なる方向の補償メカニズムが共存している可能性があります。


進化が生み出した補償の妙

研究者たちは、W染色体の退化により、雌でZ遺伝子の転写と翻訳がアップレギュレートされた結果、雄では同じ遺伝子が2コピーあり、過剰発現になってしまったことを進化的圧力がもたらした問題と捉えました。

その問題に対して、鳥類は独自の方法で対処したのです。すなわち、

  • 雌では転写・翻訳のアップレギュレーション
  • 雄ではmiRNAによるポスト転写的な抑制(miR-2954)

という、両性で異なる補償経路を組み合わせることによって、発現のバランスを進化的に保ってきたのです。

このメカニズムはmiR-2954は鳥類の共通祖先で進化した新しいmiRNAであり、哺乳類やワニ、トカゲには存在しません。進化的には、およそ1億〜2億年前にW染色体が退化したことで、Z染色体の遺伝子量を補う必要が生じ、雌ではZの遺伝子が転写レベルで上がる一方、雄ではmiRNAで過剰分を抑えるという戦略が取られるようになったと考えられています。

この研究の限界:まだ明らかになっていないこと

この研究は、鳥類における性染色体補償の新たな仕組みを明らかにした点で画期的ですが、もちろん未解決の課題もいくつか残されています。

miR-2954がなぜ雄で特異的に高く発現するのか、その発現制御メカニズムはまだ不明です。

・このmiRNAの標的とTargetScanによって予想される遺伝子でも、常染色体とZ遺伝子でのEffect sizeにかなりの差があり、配列以外の何らかの特異性のメカニズムがある可能性があります。

・本研究は主にニワトリをモデルとして実施されています。他の鳥類でもmiR-2954の役割は高度に保存されていることが示唆されましたが、機能的な検証は限られており、鳥類全体での普遍性にはまだ議論の余地があります。

・miR-2954を欠損した雄胚がなぜ致死になるのか、その直接的な組織・細胞レベルの障害(心臓か脳か血管かなど)についての詳細は明らかにされていません。


おわりに:小さなRNAが性を守る

この研究は、miRNAという小さな分子が、性染色体の調節という大きな進化的問題に対して重要な役割を果たしていることを明らかにしました。miRNAは単なる補助的な調節因子ではなく、生存を左右する主要因子になり得るという驚くべき事実を示しています。

興味深いのは哺乳類ではX染色体の遺伝子を全体的に不活性化する「XIST」という長鎖ノンコーディングRNAが働いているのに対して、鳥類では「miRNAによるピンポイントな抑制」が選ばれたという点です。同じ問題に対して全く違う解決法が進化した、一種の収斂進化ともいえると思います。

コメント

タイトルとURLをコピーしました