骨髄移植で脳の病気を治す!?~マイクログリアを標的とした成人発症白質脳症治療の新戦略~

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山中先生から始まったiPS細胞による再生医療が花開いて、神経疾患の領域でも高橋先生のグループからParkinson病における臨床応用の報告があったのは記憶に新しいです。(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250417/k10014781301000.html

治療法がほとんどなかった神経変性疾患にも様々な治療法が出てきているなと感じますが、今回は骨髄移植によって成人発症白質脳症(ALSP:Adult-onset leukoencephalopathy with axonal spheroids and pigmented glia)を治療するという画期的な報告がScienceに掲載されていたので解説したいと思います。

Science: Microglia replacement halts the progression of microgliopathy in mice and humans

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🧬 ALSPとCSF1Rの関係

ALSPはCSF1R遺伝子の遺伝子変異によって発症する遺伝性神経変性疾患で、記憶障害や運動機能障害、てんかん発作などの症状を伴い、発症から平均して6,7年で死亡する難治性の疾患です。

CSF1Rは主にミクログリアに特異的に発現する受容体型チロシンキナーゼで、そのシグナルが欠損するとミクログリアの生存や機能が破綻します。マイクログリアは軸索の維持にも寄与しているので、これにより軸索スフェロイド、髄鞘異常などが生じ、上記の症状が出現します。

残念ながら根治的な治療法がないのが現状で、対症療法のみとなっております。

マイクログリア置換療法のコンセプト

この研究グループは2020年にマウスにおいて脳から薬や放射線によってMicrogliaを除去したのち、骨髄移植するとMicrogliaがDonor骨髄由来のものに置換できることを報告しています。

通常の骨髄移植だけでは置換されないのですが、ミクログリアを一度除去することで、ドナー由来の単球が脳内でミクログリアに分化し効率的な置換が可能になります。

この手法を応用し、異常なミクログリアを正常なものに置き換えることで、ALSPの進行を抑制できるのではないかというのが今回の研究の発想です。

あと過去の臨床報告でメタクロマチック白質ジストロフィー(MSD)と誤診されて骨髄移植を受けた患者が後でALSPと判明したものの、症状が進行しなかったという報告があったのも、この研究のきっかけになっているようです。

Cell reports: Efficient Strategies for Microglia Replacement in the Central Nervous System

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🐭 Figure 1,2:マウスモデルでのミクログリア置換の治療効果


これまでにヒトの病理を再現するALSPのマウスモデルは存在しませんでした。

そこで研究チームはCSF1R遺伝子にヒト疾患でよく見られる変異(I792T、E631K)を導入したマウスを作製し、ヒトとよく似た病理を示すことを確認しました。

その後、Mr BMT(Microglia replacement by Bone Marrow Transplantation)を行い、以下のような手法で治療を行いました:

  • 薬剤(PLX5622)でミクログリアを除去
  • GFP陽性ドナーマウス由来の骨髄細胞を移植
  • 結果として、80%以上のミクログリアがドナー由来に置換

治療効果としては以下が確認されました:

  • ミクログリア数、髄鞘構造、軸索構造、神経伝導速度の回復
  • 行動試験における認知機能・運動機能の有意な改善

また、単なるミクログリア除去や遺伝子修復のない置換では効果が得られず、CSF1Rの遺伝的補完が治療に必須であることが示されました。

Figure 3: 治療効果のメカニズムの解析

次にその治療効果のメカニズムを調べる目的でSingle cell解析を行いました。その結果

  • 置換されたマイクログリアはCSF1Rシグナルの異常が正常化し、
  • オリゴデンドロサイトも正常に近い状態へ回復することも確認されました。

Figure 4, 5: ALSPではMicrogliaの競合が落ちる?

前述のように通常は脳内のMicrogliaを除去してからでないと置換できないのですが、驚くべきことにALSPモデルマウスでは通常の骨髄移植(tBMT)でもMicrogliaが置換されることが分かりました(Figure4)。

これはCSF1Rの異常により野生型と比較してニッチにおける競合に負けやすいからではないかと推測されています。

このデータがあったことからヒトで骨髄移植を行う際には通常の骨髄移植を行うことに決めたようです。

Figure 5はMicroglia以外の効果の可能性を除外するネガティブデータですね。



👩‍⚕️ ヒト患者での適用

次のステップとして、研究者たちは8人のALSP患者に対して通常の骨髄移植(tBMT)を実施しました。その結果

  • PETで脳のグルコース代謝改善が確認され、
  • MRIと臨床評価で病勢進行の停止、運動機能の維持、認知機能の安定が24か月にわたり観察されました。

倫理的な審査がどういう段取りなのかは不明ですが、骨髄移植という既存の治療を、治療法が存在しない致死的疾患に対する「コンパッショネートユース(救済的使用)」として行われたのかなと思います。


🧩 まとめ:マイクロクログリア治療の新時代へ

この論文ではマウスモデルからヒト患者での臨床応用までを一体として行い、

  • ALSPにおけるCSF1R遺伝子の修復による病態の改善
  • マイクログリア置換という新しい疾患治療アプローチ

を提示しました。

また、他のマイクログリアが関与する神経疾患にも応用できる可能性がDiscussionで示唆されています。


✍️ 感想

この研究を臨床に繋げて患者さんに届けたいという強い思いを感じる論文でした。

骨髄移植で神経変性疾患を治療できるとは学生の頃には予想だにしなかったので興味深く読みました。

倫理的な面も含めて臨床応用のハードルは残るものの、疾患の原因となるマイクログリアをターゲットにする新しい治療戦略として今後の進展が期待される論文だったなと思います。

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